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2010年3月28日 (日)

新発田「うぶすな」に感謝

手前味噌になりますが、新発田の今回の舞台は忘れられない宝ものです。

昨夜は。。。
会場の大きさや、造りとも影響があるのでしょうか?
私のモチベーションの違いか?
一緒に盛り上がりたいと思い、盛り上がってはみましたが。。。
会場の一体感が薄い感じなのです。

何か熱いものが足りない感じは私だけかなぁ。
お客さまとの距離がないことの難しさをしりました。
新発田での感覚を忘れていない自分がいて、あの渦の中での感動を体験できたことをあらためて感謝します。

ありがとうございました。

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コメント

新発田でうぶすな公演を観た友人が仲間と連れ立って上越に観にいきましたが、夜遅くメールが届き、「新発田の方が盛り上がってなあ」と言っていました。どういう違いかわかりませんが、公演は演者と観者、ししてそれを支える人(場所)によって異なるのはよくあることです。それもまた、公演の楽しみのひとつでしょう。
お酒と同じようなもの。作り手と飲み手とシチュエーションで味が異なるようなものじゃないでしょうか。
だから、文化は楽しいのだと思います。

投稿: チケット担当 | 2010年3月28日 (日) 09時37分

>チケット担当さん
わかりやすい例えありがとうございます。

そうですね。
同じ時間は決して無いってことですね。
今を感じて今に楽しむ。今を思い今に悲しむ。
今を受け今に怒る。今を考え今に育む。
いろんな今を重ねているんですよね。

共感する文化、異質と思う文化も独り善がりってことで、交わる文化を楽しみたいです。

投稿: mukki | 2010年3月28日 (日) 11時03分

会場によって違う味を醸し出す。まさに生き物なんですね!「うぶすな」は!
まだ、発酵途中?絞れば絞るsweat02ほど「いい味」が・・・
いや?燻せば「いい味」でると聞いたのですが。。。

そうですね。新発田の夜は、忘れられなくなってしまいました。
でも、違いって何?と言われるとほんとよくわかりましぇ~ん。
チケット担当さんの言う「演者と観者、し(そ?)してそれを支える人(場所)」
そのバランスの良さとか、ベクトルがみんな一致しているとか?
でも、それが何だかわからないところがいいのかも。
そもそも言葉じゃ表せない何かってこと?奥が深そおー!
龍馬的?解釈(なんじゃそりゃ?)だとその三位が皆「高い志」にあればもう夢の舞台ですね!
(そう言えば新発田には、そんな名前の方いるんでいつも舞台は、至福の空間?)>ねっ、ター坊さまっ

そして、その何だかわからないものを追い続けながらみんなで競い合い、励ましあうことで更に別次元へ行けるのかも知れませんね。
だから新発田もがんばれるし、内子のみなさん、苫小牧のみなさんとともに盛り上げていけるのかな?
生意気なこと言ってしもたあ~、でも今回は、本当にそんな「思い」を強く感じた「うぶすな」でした。
そう、繋がる「うぶすな」
あ~あ、あと一回になっちゃった。再演祈願!!

投稿: あきくん | 2010年3月28日 (日) 21時19分

>あきくん
これはまた、わかりやすい解説ありがとうございます。

「高い志」が大切で「高い志」がいる新発田は恵まれてますね。

投稿: mukki | 2010年3月28日 (日) 22時12分

私も再演希望です!

この公演は鼓童の財産だと思います☆

投稿: masa | 2010年3月28日 (日) 22時50分

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